変わらぬ創業の想い―原点―

蓄電技術に社会問題を解決できる可能性を感じ、たった4人で創業したエリーパワー。
ヒト・モノ・カネが揃っていない中、市場を創造し、蓄電池を普及して社会問題を解決することを決意。
エリーパワーの原点であり、変わることのない創業の想いについてご説明いたします。
リース資産から学んだ産業廃棄物と環境問題の密接な関係性

創業者である吉田博一は、大学卒業後住友銀行に入行し副頭取を経て、1997年住銀リース株式会社(現:三井住友ファイナンス&リース)の社長・会長を歴任しました。
当時、リース業界全体が悩まされていたのが「耐用年数を過ぎたリース終了品の産業廃棄物処理」でした。
リサイクルの仕組みがまだ不十分だったため、廃棄処分するしかないにも関わらず、日本には廃棄する場所がないという課題に直面していたのです。このような事情から、処分費用が経営に影響を及ぼす水準にまで膨らむことに。
吉田は社内に「リソース部」を立ち上げ、業者任せだった産廃処理を自分たちの手で担えるか検討を始めます。
産廃処理の内製化は断念する結果となりましたが、この課題を通じて、吉田はリサイクルの大切さを身を以って知り、
「土壌でさえこれだけ汚染が進んでいる。目に見えない大気は更にひどいことになっているのではないか」
「大気汚染の大きな要因はCO₂の排出。これから経済発展すると言われているアフリカなどで自動車が急激に普及したら・・・」
と考えるようになり、環境問題・エネルギー問題への興味が強まり、「環境問題について何か貢献できないだろうか」という思いが芽生え始めました。
「試しに乗ってみませんか?」から始まった電気自動車の世界

そんな頃、銀行時代の友人に会った際、「これから電気自動車(EV)を研究している慶應義塾大学の先生と生徒が開発したEVに乗せてもらうんです。よかったら、一緒にどうですか?」と偶然の誘いが。
「電気自動車といってもゴルフ場のカートみたいなものなんだろうな」と一旦は断ったものの、「やっぱり乗ってみよう」と思い直して試乗することに。
試乗したEVは、吉田の予測を大きく裏切るものでした。
静かなのに、力強く、そして滑らかに加速。そのまま一気に高速域に入り、高速道路を快走。

この経験から「今後世界で増え続ける自動車の中で、化石燃料を使用せずCO₂の出ないこのような車を普及することができたら、地球温暖化防止の有効な手段になる。これだ!」と直感。
このようにEVに大きな可能性を感じた吉田は、研究室のプロジェクト資金集めを手伝うなど関心を強めていきます。

そして2003年からは慶應義塾大学大学院の教授として、時速400キロを目指すEV開発プロジェクト「エリーカ・プロジェクト」を主導する立場となり、本格的にEVの普及活動へのめり込んでいくこととなります。
EVから導かれた大型リチウムイオン電池の可能性

​時速400㎞を目指すEV「エリーカ」には、30社以上の企業からの5億円の協賛金が集まり、TV番組「NHKスペシャル」で特集番組が組まれるなど注目も集め、成功を収めることができました。
「開発フェーズの次は、量産フェーズだ」とプロジェクトの段階を移行しようとしますが、様々な理由から量産フェーズへの移行が難しいことが判明。
最も大きな理由だったのが、「EVに搭載している大型のリチウムイオン電池がオーダーメイド品で、非常に高額」ということでした。
この課題を解決するため、吉田は「EV用と電力貯蔵用の電池を共通化することで量産コストを下げることを目指す」エルスクエアプロジェクトを立ち上げ、産学(企業・大学)連携でこの課題に取り組み始めます。

2004年から始まったこのプロジェクトは、自動車だけでなく、電力貯蔵用も含め様々な用途で利用できる共通電池を量産化するという構想のもと、電池規格・材料開発・量産技術・マーケティング調査・実証実験まで幅広く検討。各ワーキンググループでの会議は、実に100回を超えるものでした。

プロジェクトの当初から「大学の研究室では、大型リチウムイオン電池の量産はできない。このプロジェクトの成果は、電池メーカーに実現してもらおう」「エリーカプロジェクトから協賛・参加してくれていた電池メーカーに」と考えていましたが、プロジェクト発足後まもなくして、既存事業の整合性を理由にその電池メーカーがプロジェクトを脱退する事態に。

想定していなかった事態で当初の構想は崩れましたが、「電池メーカーがいなければ、プロジェクトを実現することは難しい」と思い、吉田は電化製品用として小型リチウムイオン電池を製造している国内メーカーにプロジェクト参加を呼びかけます。